《本と映画》自分の家で死ぬという希望と覚悟

2019.11.01コラム

映画『人生をしまう時間(とき)』  ©NHK

死を直視する

1951年には自宅で最期を迎える人が大部分で、病院・診療所における死亡は1割程度。それが今日では8割程度にまで増え、在宅死と病院死の割合は逆転している。私たちは自宅で病人を看取る習慣と記憶を失い、「死は自らと無縁の遠い存在だと認識」するようになったと著者は指摘する。

そのため、たとえ告知を受けていても、患者本人は自らの死期を悟ることができず、家族も身近な者の死を受け入れることができない。このような場合、私たちは「想定外のさまざまな最期を突き付けられることになる」と著者は警告する。では、私たちはどうすればよいのか。

〔高齢者の急激な増加、それに伴う要介護者、死亡者の増加に対して必要なことは〕社会、とりわけ直接の当事者である医師・患者・患者家族が「老いる」ことを理解し、「死ぬ」ことを受け入れ、自分にとって、家族にとって、そして社会にとって「望ましい死」とは何かに思いを致すことである。それは壮大なパラダイムシフトとも言える。(本書20頁)

 

在宅医療医師の大きな役割の一つは、「自宅で息を引き取る」という選択肢が最後まで患者に残されていることを「告知」することではないだろうか。そして患者側にとっての必須事項は「死を直視すること」である。(本書144頁)

人は老い、病み、死ぬ運命にある。それを認め、受け入れること。しかし、私たちは、自分だけの力で簡単に死への覚悟が持てるようになるわけではない。時間をかけて訪問診療医が伴走し、道案内をすることで、私たち患者や家族は初めて死と向かい合うことができるようになる。小堀医師の言葉は、その励まし(と叱咤)のように聞こえる。

望ましい死とは?

だが一方で、小堀医師には懸念がある。在宅医療に世間の注目が集まるあまり、「入院死は敗北であり、在宅死こそ正しい」という「在宅神話」が生まれ、そこに囚われてしまうおそれがあるということである。しかし、私たちの人生は複雑で、「人間らしい死」の尺度も個別的だ。

入院死か在宅死かの選択は、その患者とその家族にとって望ましいかどうかの総合判断で決定されるべきである。死は「普遍死」という言葉が介入する余地のない世界である。(本書155頁)

誰にとっても当てはまる理想の死は存在しない。どこでどのように亡くなろうが、最終的には、死に関わる個々の人間、つまり、患者本人と、家族を含む周囲の人々の納得感こそが重要なのだというメッセージである。

死を受け入れるための「時間」が記録された映画

映画『人生をしまう時間(とき)』は、本書の著者である小堀鷗一郎医師と、堀ノ内病院の同僚である堀越洋一医師による訪問診療の様子を丹念に追ったドキュメンタリーである(写真上・下)。初めにテレビ番組として放送されて大きな反響を呼び(NHK BS1スペシャル「在宅死 “死に際の医療”200日の記録」2018年6月放送)、その後、映画として映像の追加や再編集が行われ、現在、全国で公開されている。

著書『死を生きた人びと』では、在宅医療を受ける個々の患者の事例を通して、この国に生きる私たちの姿や、私たちの社会の状況を見て取ることができた。一方、同じテーマのこの映画で強く印象に刻まれるのは、患者とその家族、周囲の人々の、あくまでも具体的な姿である。

この映画には、病や老いから回復して訪問診療を必要としなくなる患者は登場しない(老いは、もともと後戻りできない過程である)。療養を続けながら徐々に衰弱へと向かう人、症状の悪化から施設に移る人、そして、自宅や病院で亡くなる人。誰もが遠くない死を予感し、やがては正面から向き合っていく姿が映し出だされる。そして迎える現実の死。

小堀医師(左)と患者の千加三さん  ©NHK

本書で指摘されていることだが、現代に生きる私たちには死が一種のタブーになっている。老人らしく老いることが許されず、死は直接的に眼の触れるところから遠ざけられる。これは患者や家族に限られたことではなく、医療者・介護者においても同様で、日本の社会システム自体がこのようなタブーに従って形づくられているかのようである。だが、私たちは本当にこんなやり方を望んでいるのか。

映画は、同じ患者やその家族の姿を繰り返し映し出すことで、時間による変化を描き出す。何か決定的な契機が描かれるわけではない。しかし、在宅で患者と家族が徐々に進む衰えを共有しながら(困難とともに)、ゆっくりと確実に死を受け入れていく。その姿が印象的だ。死を迎えた後の周囲の人々の表情には、悲しみこそあれ嫌悪や恐怖は見られず、ある種のすがすがしささえ見て取れる。それを目にする私たちは、すでに彼らと一定の時間を共有しており、不思議な納得感を覚える。

この映画が見せてくれるのは、この時間の流れである。人が受け入れがたいものを受け入れるには時間がかかる。しかし、時間をかけてしっかりと向き合うことで、受け入れ可能にもなり得るということが(もちろん、それが難しい場合があるということも)わかる。

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『死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者』著者:小堀鷗一郎/出版社:みすず書房/発行:2018年5月/価格:本体2,400円+税 ISBN978-4-622-08690-1

『人生をしまう時間(とき)』下村幸子・監督・撮影/制作:NHKエンタープライズ/製作:NHK/配給:東風/2019年9月より公開。全国公開中)公式ウェブサイト:https://jinsei-toki.jp/